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「ビルマの竪琴」(1985)

【DVD発売中】

63点63
1956年に映画化された竹山道雄の「ビルマの竪琴」を同じ市川崑が、前作と同じ故・和田夏十の脚本のもとに再映画化。今作品ではカラーで撮影され、タイでロケが行われた。市川はこれまでにも1971年に、当時の東宝製作担当重役・藤本真澄に「ビルマの竪琴」をカラーで再映画化したいと企画を提出しているほどで、相当に執着した企画だったのだろう。前作と同じ役で北林谷栄、前作では軍曹役の浜村純が村長役で再度出演している。

あらすじ

一九四五年夏、ビルマ戦線の日本軍はタイ国へと苦難の撤退を続けていた。そんな逃避行の最中、手製の堅琴に合わせて「はにうの宿」を合唱する一部隊がいた。井上小隊長が兵士の心をいやすため、歌を教えこんだのである。堅琴で判奏するのは水島上等兵であった。小隊は国境近くまで来たところで終戦を知り、武器を棄てて投降した。彼らは南のムドンに護送されることになったが、水島だけは附近の三角山で、抵抗を続ける日本軍に降伏を勧めるため隊を離れて行った。小隊はムドンで労務作業に服していたが、ある時、青いオウムを肩に乗せた水島そっくりの僧とすれ違った。彼らは僧を呼び止めたが、僧は一言も返さず歩み去って行った。三角山の戦いの後ムドンへ向かった水島は、道々、無数の日本兵の死体と出会い、愕然としたのである。そして自分だけが帰国することに心を痛め、日本兵の霊を慰めるために僧となってこの地に止まろうと決意し、白骨を葬って巡礼の旅を続けていたのだ。物売りの話から、井上はおおよその事情を推察した。彼はもう一羽のオウムを譲りうけ、「オーイ、ミズシマ、イッショニ、ニッポンニカエロウ」と日本語を覚えこませる。数日後、小隊が森の中で合唱をしていると、大仏の臥像の胎内にいた水島がそれを聞きつけ、思わず夢中で堅琴を弾き始めた。兵士たちは大仏の鉄扉を開けよとするが、水島はそれを拒んでしまう。その夜、三日後に帰国することが決まり、一同は水島も引き連れようと毎日合唱した。井上は日本語を覚えこませたオウムを水島に渡してくれるよう、物売りの老婆に頼んだ。出発の前日、水島がとうとう皆の前に姿をあらわした。収容所の柵越しに、兵士たちは合唱し、一緒に帰ろうと呼びかけるが、水島は黙ってうなだれ、「仰げば尊し」を弾奏した。そして、森の中へ去って行く。翌日、帰国の途につく井上のもとへ、オウムが届いた。オウムは「アア、ヤッパリ、ジブンハ、カエルワケニハ、イカナイ」と叫ぶのだった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1985年
製作国 日本
配給 博報堂=フジテレビジョン=キネマ東京
上映時間 133
カテゴリ 人間ドラマ
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