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「獄門帳」(1955)

80点80
旗本・都築三之助の用人・三枝喬之助は、主人の妻さきと情を通じ、三之助を殺したとされ入牢している。御牢奉行・石出帯刀は、喬之助が無実だと感じて独自に調査を始めるが……。鶴田浩二が、すべての罪を背負いこもうとする喬之助を好演。監督の大曾根辰夫は、この作品から辰保と改名している。

あらすじ

御牢奉行石出帯刀は、見廻り中、重罪を負って入牢させられた若い囚人三枝喬之助を一目見るなり、本当の罪人ではないと睨んだ。喬之助は、旗本都築三之助の用人であったが、去年から三之助の妻さきと情を通じ、本年正月十日主人を殺害してさきと逐電し、合意の上九段牛が淵に投身した−−吟味書にはこうかかれてあった。さきは死んだが喬之助は救い上げられたのだ。帯刀は喬之助の無実を証明しようとして、差入れに来た仲間伝七や奥向きの腰元に問いただした。−−三之助は疳性で、忠実な用人の喬之助に理不尽な当り方をし、同じ旗本の乾専十郎などと吉原へ入りびたりの生活をしていた。そして喬之助とさきに不義密通の言いがかりをつけて喬之助を手討にしようとし、果ては一人吉原へ出かけた。夫に信じて貰えぬさきは絶望のあまり自害しようとして、飛びこんで来た喬之助にとめられたが、何時の間にか帰って来た三之助が、その二人の姿を見、抜刀してさきに迫った。喬之助はさきをかばって争ううち誤って三之助を殺してしまった。−−帯刀が知ったのはこれだけだったが、喬之助は頑として何事も語ろうとしなかった。喬之助が引廻しはりつけになる日、帯刀はさきが生きていることを知り、喬之助に告げた。折も折、牢の近くに大火事が起った。帯刀は火事が納ったら必ず善魔寺に戻ってくることを約束させて囚人たちを自由に避難させた。喬之助も、この機会を得てさきに会うことができた。さきは、専十郎によってあらぬことを三之助に告げ口され、救い上げられてからは喬之助が死んだといわれてほとんど押込め同様にされていたのだった。三之助に功を立てたのは、実はさきだった。そのときさきは我を忘れており、自分が刺したことは記憶にすら残らなかった。その時喬之助はあくまでこのさきの罪を負おうと決心したのだった。喬之助が寺に帰って来たとき、さきも同道して来た。三之助を殺したのは私ですというさきに、帯刀は、三之助の妻は死んだはずだといってとり合わないのであった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1955年
製作国 日本
配給 松竹京都
上映時間 130
カテゴリ 仁侠/時代劇
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