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「飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ」(1982)

60点60
若くしてガンで命を失った青年医師が、自分の死後に残される妻や子、そしてやがて生まれてくる子に宛てて書いた遺稿集の映画化。医療界に波紋を投げかける徳田虎雄医師の徳洲会が出資して製作、原作の井村和清は同会の医師でもあった。感動的な実話。

あらすじ

野中一彦は東京の医科大学を卒業し、沖縄の病院に赴任したその日の夜、浜辺で踊るミチと出会った。そして、那覇祭りの夜、再会した二人は、何か通じ合うものを感じた。二人は結婚し、一彦は徳仁会岸和田病院に迎えられる。やがて、ミチは子供を宿し、男兄弟の中で育った一彦は、生まれてくる子の名を飛鳥と決めていた。ある日、テニスをしている一彦の右足を激痛が襲った。検査の結果、悪性腫瘍とわかり、一彦は、郷里、富山県礪波の病院で、右足切断の手術を受けることになった。手術の前日、一彦の右足を洗い続けるミチ。義足をつけた一彦が岸和田病院に復帰すると、同僚は勿論、さんざん手こずらせた患者も、彼を歓迎した。しかし、片足の医者として患者たちに慕われているのも束の間であった。悪性腫瘍は一彦の体を深く蝕み、レントゲンを見た一彦はあと六ヵ月の命と自分で診察した。一彦は残された六ヵ月を精一杯に生きようとして、以前にも増して明るく仕事に励んだ。そんな姿に不審を抱いたミチは、真実を知る院長と一彦の弟、一実に病状を聞き愕然とする。一彦の病状は日に日に悪化し、ミチは気付かぬふりを続けることは出来ず、泣きじゃくった。ついに一彦は倒れ、礪波の実家に帰った。そこでミチは二番目の子を宿した。一彦は飛鳥の無邪気な笑い声を聞きながら、ミチや飛鳥に言い残したことを書き綴った。「私は……おまえたちに手を貸すことは出来ない。倒れても自分で起きなさい」間もなく一彦は死んだ。そして、次女の清子が生まれた。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1982年
製作国 日本
配給 東宝企画
上映時間 111
カテゴリ 人間ドラマ
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