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「荒海に挑む男一匹 紀の国屋文左衛門」(1959)

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江戸時代の名商人を捉えた人情もの。時は元祿、豊臣残党の蜂起を憂慮した5代将軍・綱吉の命により、武器弾薬密貿易の温床といわれる紀州回漕問屋一同が処置を迫られた。一同の束ねをする紀の国屋文左衛門が自首して出ようとするが、息子の文平がそれを止め、自ら父の身代わりとなって江戸へ出る。

あらすじ

時は元禄時代、徳川の世は太平とはいえ、豊臣残党はなお蜂起の時をうかがっていた。回漕問屋紀の国屋の二代目当主文平は和歌山港から大阪に向う航海で、男装の女加代と、暴れ者の半兵衛という男を助けた。時の将軍綱吉は、豊臣残党の蜂起を憂慮して、諸大名に武器弾薬その他の密貿易を固く禁じた。密貿易の温床といわれる紀州の藩主紀伊大納言に対する風当りは殊に激しかった。藩の命とりになりかねぬ情勢に、紀州藩目付役榊原十太夫は、回漕問屋一同を集めて処置を計った。そして、回漕問屋一同のたばねをする紀の国屋庄左衛門が、責めを負って江戸表に自首して出ることとなった。それを聞いた文平は、父の身代りを自から買って出た。許婚者お妙の父、南海屋をはじめ問屋一同が、一家の面倒をみるとの約束を信じて、文平は獄に入った。四年の歳月が流れた。出獄した文平は、紀の国屋の財産は没収され、南海屋をはじめとする問屋に下げ渡されてしまい、妹お美輪と手代豊吉にみとられながら、父庄左衛門が憤死したのを知った。お加代と豊吉に助けられ、病気のお美輪は細々とくらしていた。憤激した文平に対して、問屋仲間の態度は冷たかった。お美輪は淋しく死んだ。南海屋から金をゆすり取った文平は、吉原で無頼の生活を続けるようになった。その吉原で、かつて文平の師であった柳生兵庫が彼を見かけた。兵庫は同席していた紀伊大納言と榊原十太夫に、文平の無実を説いた。それから十カ月、文平は待ちわびる加代や半兵衛や船頭権次のもとに帰ってきた。紀の国屋を再興するために、文平は荒天をついて、フイゴ祭に必要な蜜柑を江戸に送る計画を強引に実行した。紀伊大納言は公儀の蜜柑を払下げて文平に文左衛門という名をくれた。嵐をついて、江戸についた船の蜜柑は飛ぶように売れた。紀文の名は今や津々浦々に広まった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1959年
製作国 日本
配給 松竹京都
上映時間 124
カテゴリ 仁侠/時代劇
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