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「原爆の子」(1952)

【DVD発売中】

68点68
処女作「愛妻物語」(1951)を撮ったあと、独立プロ“近代映画協会“を設立した新藤兼人監督の自主製作第1作。原爆を直接に取り上げた劇映画としては初めてのもので、労組の協力を得て完成させた。主演の乙羽信子はこれを機に女優開眼。原爆投下の中、一人生き残った女教師が数年後広島に戻り、かつての教え子たちの消息を尋ねていく物語。

あらすじ

石川孝子は昭和二十年八月七日原爆が投下された時広島に住んでいて、家族の中で彼女一人だけが生き残った。その後瀬戸内海の小さな島で女教員をしていた孝子は、原爆当時勤めていた幼稚園の園児たちのその後の消息を知りたいと思い、夏休みを利用して久しぶりに広島を訪れた。街は美しく復興していたが、当時の子供たちは果たしてどんなふうに成長しているだろうか。幼稚園でともに働いた旧友の夏江から住所を聞いて次々と訪問していく孝子だった。三平も敏子も平太も中学生になっていた。三平は子だくさんな貧しい父母の元で、靴磨きをして家を助けていた。敏子は原爆症で寝ていた。孤児の彼女は教会に引き取られて看護されていたが、明るい顔をして生きていた。平太も親を失って兄や姉の手で養育されていたが、一家は明るくまじめに生き抜いていた。孝子は亡き父母の下で働いていた岩吉爺やに出会ったが、息子夫婦を原爆で失い、老衰し、盲目になり、七歳になる孫の太郎と乏食小屋で暮らしているのだった。孝子は二人を島へ連れていこうとしたが、どうしても承知しないので太郎だけでも引き取りたいと思った。初めは承知しなかった岩吉も、孫の将来のためにようやく太郎を手離すことにした。孝子は広島を訪れたことによって色々と人生勉強をし、また幼い太郎を立派に育てようという希望を持って島へ帰っていくのだった。目の見えない岩吉は隣りに住む婆さんに手を引かれて、船着場からいつまでも孝子と太郎が去っていくのを見送るのだった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1952年
製作国 日本
配給 邦画マイナー=近代映画協会=劇団民芸
上映時間 85
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