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「浪花の恋の物語」(1959)

【DVD発売中】

63点63
原作は近松門左衛門の名作『冥途の飛脚』。これを、溝口の晩年の作品を手掛けた成沢昌茂が脚色している。監督は内田吐夢で、リアリズムの監督としては珍しく、ここでは作者の近松を狂言回し風に登場させるなどして、独特の様式美の世界を創出している。徳川時代の大阪の飛脚問屋の養子、忠兵衛は遊女の梅川を愛するあまり、梅川が他の客に見請けされるのを嫌い、それを阻止しようとする。あげく、他人の大金を勝手に使い、梅川を引き取る。やがて二人は罪人の身となり、人目を忍んで生まれ故郷への逃避行を敢行。しかし、その行手には悲劇的終末が待ち構えていた。あまりにも有名な愛の悲劇を内田吐夢は気高く荘重な作品に仕上げている。

あらすじ

忠兵衛は浪華飛脚問屋・亀屋の養子だった。同業丹波屋八右衛門に無理やり新町廓に連れこまれた。その相方が梅川だった。一度は帰ろうとするが、彼女の頼みで、そのまま泊ってしまう。客と寝ずに帰せば遊女は折檻されるのだ。−−翌朝、八右衛門が口裏を合わせ、無事に家へ入れたが、たちまち、その夜、廓へ足が向いていた。それからはチョクチョク遊びが続いた。梅川の情の深さが彼を捉えた。「わてらにとっては金が仇の世の中……」竹本座座付作者近松門左衛門は隣室で、その梅川のつぶやきを聞いた。義母の妙閑は彼の金遣いの荒らさに気づいた。大阪を離して考えさせよう。為替の差額を取りに江戸へ発たせた。その前夜、忠兵衛は梅川を待つ間、彼女の母あての手紙で、その孝行を知る。彼は金を置き、梅川に会わずに帰った。櫛が彼の江戸土産として届いた。縁を切るとのなぞ言葉か。梅川は泣きくずれた。近松がそれを見ていた。藤兵衛という小豆島の醤油の大尽が北陸から帰ってきたら、梅川を身請することになっていた。旅姿のままつい寄った忠兵衛は、それを聞かされた。持っていた八右衛門に届ける五十両を、身代金二百五十両の内金として入れ、いつづけを始めた。八右衛門に見つかったが、頼みこんで金は借り、家へ帰った。若い許婚・おとくへの土産は花かんざしだった。武家の為替三百両を届ける用事が、忠兵衛に命じられた。彼は金を懐ろに廓へ行ってしまう。藤兵衛が帰阪してい、梅川の身請の祝宴を挙げようとしていた。忠兵衛の内金はつっかえされた。後の二百両を入れたら、待ってもええ。梅川の主人は彼を馬鹿にしていた。八右衛門が梅川の部屋で例の五十両の一件を笑い話にしていた。忠兵衛は口惜しく、思わず懐ろの小判を握った。封印がきれ、こぼれた。その金も彼は八右衛門や梅川の主人の前に置き、梅川を連れて去った。−−亀屋に捕方がなだれこみ、忠兵衛の代りに妙閑が引っ立てられた。武家のお蔵金の封印切りは獄門である。瓦版が大阪の街を走った。三輪の里で、忠兵衛は梅川に封印切りを打ち明けた。梅川はそれを知っていながら、ついてきたのだ。二人はどこまでも一緒にいようと誓い合う。新口村の入口で、二人は捕った。実の親に会いに行くところだった。梅川には二度の勤めが待っていた。−−近松はこの話を三幕の世話狂言に仕立てた。新口村の場では、梅川・忠兵衛と親孫右衛門を会わせ、つらい別れと親子の情を見事に描いた。この芝居は民衆に拍手で迎えられた。作者自身も涙していた。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1959年
製作国 日本
配給 東映京都
上映時間 105
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