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「渡世人 命の捨て場」(1971)

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あらすじ

大正末期。空っ風が吹き荒ぶ桐生の町は、国定忠治碑を建立するための資金集めの寄り合いが、近く関八州の親分衆の手で開かれることになり賑わっていた。その勧進元となっていたのが阿佐美一家の丈吉だった。しかし、関八州に名を上げようとする黒松一家の松五郎は丈吉の仕切る織物市に手を出し寄合いの勧進元を丈吉の手から奪い取ろうとしていた。そんな争いの最中に、この町にやってきたのが稲妻の丹治だった。丹治は、横浜の浜辰一家の賭場でイカサマを見破ったばかりに帰り道を襲われ、その時、誤って助っ人由松を刺し、兇状持ちとなってこの町に流れて来たのだが、トンビの弥八と称する遊び人と知り合い、松五郎の賭場に足を入れたのがきっかけで黒松一家に一宿一飯の恩を預かることになった。そして、恩義をかさに丈吉殺しを頼まれ、翌日、丈吉を襲うが失敗してしまう。ある日、丹治は、十年前に神田の大火事の時助けた志津に会った。志津は丈吉の経営している鯉料理屋で働いていたことから再会した丈吉と丹治は親交を増していった。丹治は、丈吉の進めで与八共々料理屋でやっかいになることになり、阿佐美一家の代貸として寄り合いの日の賭場を開帳することになった。松五郎の厭がらせを何とか喰い止め、待ちに待った資金集めの寄り合いの日がやって来た。しかし、浜辰一家の追っ手の者から丹治がこの大事な寄り合いの賭場を開帳していることを聞いた松五郎は、勧進元を任せなかった腹いせに関八州の親分衆の前で丹治の素性を暴いたのである。さらに驚くべきことは丹治の刺した由松は丈吉の義理の兄貴だったのである。これには丹治も驚き、丈吉に迷惑がかかるのを恐れて松五郎と浜辰の子分のいうままに足を運んだが、その場は関八州の総本締である吉田親分の口ききもあって無事収まった。一カ月後、収まりのつかない松五郎は、仕返しに志津の操を狙っていた。志津は、丹治の着替えを運ぶ途中、松五郎一派に捕えられ自らの命を断った。これを知った丈吉は、二度と持たないと誓ったドスを握り、単身黒松一家に乗り込んだが、多勢に無勢、虫の息で街道筋に放り出された。この知らせを与八から聞いた丹治は黒松一家へと向った。途中、道端に倒れていた丈吉を抱き起こしたが、丈吉はそのまま息を引き取った。丹治は丈吉の持っていたドスを取り、松五郎のもとへといそいだ。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1971年
製作国 日本
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