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「にあんちゃん」(1959)

69点69
10歳の少女・安本末子の綴り方(=日記)の映画化。昭和28年の春、不景気に覆われた佐賀県の小さな炭鉱町を舞台に、父母のいない4人兄弟が、貧しくてもけなげに生きる姿を描いている。今村監督の演出は重厚なリアリズムで貫かれていて、観客の涙を誘うようなセンチメンタルな描写を回避している。現地ロケをいかして、炭鉱町に生きる人々の姿を鮮やかに捉えている。栄養失調になりながらも明るく元気な末子を演じる前田暁子をはじめ、子役たちの好演も印象深い。今村監督はこの作品で文部大臣賞を受賞したが、このような賞をもらってはいけないと自戒し、「豚と軍艦」を製作したという。

あらすじ

昭和二十八年の春。佐賀県にある鶴ノ鼻炭鉱では、ストライキが行われていた。そのさなかに、安本一家の大黒柱である炭鉱夫の父親が死んだ。残された喜一、良子、高一、末子の四人の子供たち。喜一は二十歳になったばかりだ。安本一家が住んでいる山の中腹の長屋の人たちも、皆その日暮しの苦しい生活をしていた。長屋の子供たちは学校へ弁当も満足には持っていけない。喜一が失業した。一家共倒れを防ぐため、高一と末子を辺見家にあずけ、喜一は良子と長崎に働きに出かけた。しかし、辺見家でも生活は苦しく末子は栄養失調になった。赤痢が発生した。末子も罹病した。保健婦のかな子と、末子の担任教師桐野が働いた。やがて、決定的な時が来た。会社が炭鉱を廃坑すると宣言したのである。人々はやむなく家をたたみ、山を下りていった。高一と末子も、帰って来た喜一に連れられて、閔さんの家に引きとられた。しかし、汚ない堀立小屋で異臭がひどく、夜逃げして炭鉱に戻った。−−桐野はかな子をハイキングに誘った。が、かな子の答えは冷たかった。許婚者がいたのだ。高一も働きに出かけた。漁港の荷運びだ。喜一は佐賀のパチンコ屋に就職した。かな子は東京に転勤になった許婚者を追って鉱山から去った。高一は東京へ行った。しかし、東京へ着くとすぐ警察に保護された。中学生が、それも一人で九州から職を探しに来たという話に、不審に思った自転車屋の主人が警察に連絡したのである。送り返されて高一は炭鉱村に帰った。嬉し泣く末子の肩を抱きながら、やはり兄妹一緒に生きていこうと思った。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1959年
製作国 日本
配給 日活
上映時間 101
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