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「若き日の啄木 雲は天才である」(1954)

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怪奇映画監督としてよく知られる中川信夫であるが、彼はまた若かりし時、啄木・朔太郎・新感覚派に心酔した文学青年でもあった。本作はそんな中川の長年の念願の企画で、新東宝も芸術大作としてこれを遇した。進歩的な教育を行い、故郷の学校を追われた啄木の北海道における記者生活、文学と現実の相克、芸者小奴とのかかわりが描かれるが、あまりに啄木に傾倒しすぎたためか、真面目すぎるきらいも。後年、中川自らも“苦しい。苦しい酒みたいだね“としか言及していない。なお、彼はほかにも「虞美人草」と「三四郎」という、2本の明治文学ものを撮っている。

あらすじ

熱のある進歩的教育の故に渋民村の人達から圧迫を加えられた石川啄木は妻節子の激励で東京へ出て文筆で身を立てようと決心した。しかし一家の窮乏を見ると、自分の文学を育てるために一家を更にどん底に陥らす事は忍びなかった。まず生活を建直す事が第一と自由の新天地北海道に向い、親友宮川緑雨の世話で小樽日報の仕事にありついた。そこで再び改革をはかって敗れた啄木は、更に北の巣、釧路に向った。啄木の勤めた釧路新報は競争紙「北東日報」と激しく対立していたが、啄木は大いに鋭筆を振い、果然北東日報を抑えた。そんな頃北東日報の社長の魔手から小奴を救った事から、芸者の小奴、ぽんたと知り合った。釧路で啄木を慰めてくれるのは、この二人のほか同郷の菊地だけだった。やがて啄木は編集長になり、釧路きっての名物男になったが、目的のない生活に飽き足りず、やはり文学をやりたかった。小樽で啄木の天才を信じて待っている節子に会ってきた宮川緑雨は、悶々としている啄木を怒鳴りつけ、小奴も彼を励した。啄木は白川社長の懇願もしりぞけ、東京行を決心した。悲しさに取乱しそうな小奴は遂に港へ送って来なかった。一人昂然と胸を張った啄木を乗せた貸物船は波を蹴って進んでいった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1954年
製作国 日本
上映時間 101
カテゴリ 人間ドラマ
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