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「兄弟仁義・関東命知らず」(1967)

【DVD発売中】

60点60
大正初期、浅草生まれの竜次は横浜で愚連隊仲間とノミ屋を始め、南部組の組長の息子・政吉と格闘になるが、“人斬り長次“こと稲上長次郎が仲裁に。やがて、政吉と竜次は義兄弟の契りを交わし、悪徳ヤクザ・鳴門組と戦う。

あらすじ

大正初期。浅草生れの竜次は横浜に来て、愚連隊仲間とノミ屋を始めた。たまたま、そこが南部組の縄張りだったため、組長の息子政吉と竜次は決闘を演じたが、お互いに勝負を譲らなかった。南部組のライバルは新興やくざの鳴海組で、竜次はひょんなことから鳴海組に入った。この二つの組は埠頭の荷役の請負をめぐって、ことごとに対立を繰り返していたのだが、竜次と政吉が、再度の格闘をしていた時、“人斬り長次”こと稲上長次郎が仲裁に入った。長次郎は出所したばかりで、兄弟分倉島に預けた自分の女房おみのを探していたのだった。倉島は鳴海組の盃を受けていたが、おみのは彼の手で、遊廓に売られていた。ある日、倉島は長次郎の仕返しを恐れるあまり彼を襲ったが逆に斬られてしまった。そんな時、南部組組長汐太郎を亡き者にしようとする鳴海の命を受けて、竜次は汐太郎を襲ったが、汐太郎の人柄に惚れ込んでしまった。そして、竜次が鳴海に盃を返し、政吉と義兄弟の契りを結んだ時、彼は誠の仁侠道に生きる決心をしたのだった。一方、倉島を斬った汐太郎は鳴海組に追われ、汐太郎にかくまわれることになったため、双方は完全な戦闘状態に入った。今や、汐太郎と親子固めの盃を交すまでになっていた竜次は、そんな中で汐太郎が鳴海の子分に殺されると、ひとりイキリ立った。そして単身、鳴海組に殴り込んでいった。竜次は狂ったように暴れ回ったものの、数挺の拳銃に狙われ、危なかった。その時、長次郎と政吉が駆けつけて来た。乱闘の中で、汐太郎の仇鳴海を倒したのは長次郎だった。すべてが終ったあと、彼は若い竜次や政吉をかばい、ひとり自首するため、去っていった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1967年
製作国 日本
配給 東映京都
上映時間 88
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