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「森の石松〈1949年〉」(1949)

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ご存じ森の石松の物語を、吉村公三郎監督と脚本の新藤兼人が現代風喜劇にアレンジした作品。吉村公三郎としては初めての時代劇である。清水次郎長一家に見習いとして入ったものの、生来のドジぶりが災いして失敗ばかりしている石松の姿に焦点が当てられており、いわゆるチャンバラものや暴力ものとは違った味わいの石松ものとなっている。

あらすじ

百姓石松は今年も地主の旦那の家で一番茶の作業を終え、わずかの手間賃をふところに友人吾作との帰り途、知り合いのお新の茶店に寄り、ちょうど開帳していた島千鳥のバクチ場にひっと手を出してスッテンテン。しおれてお袋のところへ帰ったがつくづく百姓がいやになり侠客になろうと決心し、お袋や吾作の止めるのも聞かず、茶店のお新に教えられ当時名代の清水次郎長の子分になろうと生まれ故郷をあとにする。さて清水港で次郎長の子分にはなったものの、そう簡単にいい顔になれるはずはなく、毎日沖仲仕の仕事でつくづくいやになり逃げ出したところがつかまって海の中へたたき込まれ、やっとはい上って港屋でヤケ酒。ちょうどその時出入りがあって港屋のお藤の兄でこれもヤクザの半七が石松を呼びにくる。お藤は利口者、兄の半七にヤクザの足を洗えと再三のかき口説き、だが半七は「命を張った男渡世だ!」と勇んで出入りにとび出していく。石松もそのあとを追って……出入りでは半七は相手の九六に切られ石松の捨て身の刀で九六を倒したが、石松は片目となる。時が流れてあのとき以来、めきめきと売りだした森の石松、今では子供の手マリ唄にまでうたわれ、清水港を肩で風切って歩いている。港屋のお藤はヤクザをやめれば一緒になるというけれど、石松はいとしい女よりヤクザが大事という始末。さてその年の金比羅まいり、親分の代参で石松が行く事になる。無事に代参をすませ、船問屋からの集金をふところに清水へ帰る船の中。町人たちの下馬評で、次郎長親分が日本一、その子分に石松ありと褒められて、すっかりいい気持ちになった石松は、途中陸へ上って、同船の連中に大盤振舞。親分の金を使い込み、弱った果てに故郷に寄り、昔の島千鳥のバクチ場で一かせぎしようとしたが目がでない。一文なしになった石松は、こっそり清水に帰るとお藤にヤクザの足を洗う約束で十両を借り受け再び故郷にすっとんで島千鳥と勝負をする。今度はすっかり調子よく、島千鳥の有り金全部を巻き上げて、帰る途中、にわか雨、絵馬堂に駆け込んだのが運のつき、島千鳥一家のやみ討ちを食って冥土へ行く。−−お藤は知らせを聞いて感無量「バカ、石松つぁんのあほう!」と叫んで二階へかけ上る。その窓の下を「お藤さん、石松兄貴の仕返しだ、かたきはとって来るぜ!」とバカの二代目の子分たちが街道筋をかけて行く。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1949年
製作国 日本
配給 松竹京都
上映時間 97
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監督

キャスト