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「流れる星は生きている」(1949)

30点30
戦争が終わり、夫とはぐれた妻のけい子は3人の子供を連れて日本へ帰って来た。引き揚げ寮に住みながら夫の帰りを待つけい子。彼女の働き先の製本所主人は、次男を引き取りたいと申し出る。しかし、それを知った子供たちは家出をしてしまう……。藤原ていの記録文学を映画化した、三益愛子主演の“母もの“人情映画。

あらすじ

たたきつけるような豪雨の中を赤土のどろ道を、ひきずるような重い足で進む引揚者の列、けい子は光子を背負い、二週間分の食糧を首から下げて、正一と次郎の手をひいて進む。疲れて泣き叫ぶ子供達をしかりつけながら、けい子は男のような気丈さで進んだ。どんなことがあっても生きていなければいけない。夫を残していつ会えるとも知れないが、再び家族が相会うまでは、お互いにどんなことをしてでも生きていなければならないのだ。徳山は気狂いを粧って、女子供と引揚げてきて途中も抜目なく金もうけのことばかり考えている。けい子は夫の友人の恋人節子に助けられながら、無事内地の土を踏むことが出来た。まずけい子は叔母の家一つを頼りにやってきたが、その夜は運悪く婚礼の日で、肝心の叔母は案外冷たかった。途方にくれたけい子親子は交番の巡査に助けられてその一晩は交番で過し、結局引揚寮で節子と共に生活することになった。引揚途中で子供を亡くした幸枝は、キャバレーで働きながら怪しげな生活をしてアパートに移っていった。節子も同じキャバレーで歌手として働き、けい子も近所の山本製本所で働くようになった。製本所の主人は非常に目をかけてくれて、次郎を引取って育てたいと申し出た。けい子も始は迷ったが、その方が次郎の為にもよいと思うようになったが正一は喜ばなかった。ある日のこと、ほぼ次郎の話が決った時、正一は働いている靴みがき先から、こっそり帰ってきて次郎をつれたまま、居なくなってしまった。けい子も始て心うたれる思いがした。どんなことがあっても夫が帰ってくるまでは、石にかじりついても、自分の力で三人の子供を育てる決心をした。正一と次郎は間もなく見つかり、親子は水いらずで、また生活が始った。ある時元気だった次郎が急に発熱してジフテリヤの兆候が現れたが、貯のない生活で、おまけに引揚寮ときいては応診にきてくれる医者はなかった。やっと作った現金百五十円と夫から最後に別れるとき渡された時計をもって、次郎を抱えたまま外に走り出た。大切な時計だが、次郎の命には代えられない。夫はきっと次郎の命を助けてくれるに違いない。何軒目かの桜井医院で、次郎はやっと診察をうけることが出来た。しかも医師の厚意で、現金はわずか百五十円しか受取らない。けい子は夫の時計を出したが医師はそれも受取らなかった。医師の厚意で次郎は一命をとりとめることが出来たのだ。その次郎を抱いて寮まで帰ってくると受附にたっている復員の後姿、それは節子の恋人津川であり、津川の口から夫は元気で遅れて帰ってくるという伝言だった。−−親子五人再会の日も間近いのだ−−けい子も子供の顔も明るかった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1949年
製作国 日本
配給 大映東京
上映時間 84
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