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「スパイ・ゾルゲ 真珠湾前夜」(1961)

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あらすじ

ドイツ人を父、ロシア人を母として生まれたゾルゲは、共産主義がこの二元性を解決するものと信じて赤軍に入り、スパイの指導者に仕立てられた。一九三五年、ソ連第四局の密命を受け、東京ドイツ大使館を根城に“ラムゼイ”と名づけられた組織の中には、ゾルゲの他に、通信社の特派員のブラノフスキー、無電技師クラウゼン、近衛内閣嘱託の平和主義者尾崎秀実、アメリカ帰りの画家宮城与徳、共産党の闘士である漁師のヨシらが活動していた。親独派をよそおうゾルゲは、日本の政界や軍部の動静を尾崎から入手し、クラウゼンに命じてモスクワに打電、また小型キャメラで写したマイクロフィルムを香港経由で送っていた。その頃、日本の防諜部長藤森大佐はたび重なる怪暗号電文を傍受し、厳重な探索行動を続けた。クラウゼンが、タクシーに暗号化されていない秘密書類を忘れるというへマをした。藤森大佐は驚き、ドイツ大使館に疑いの目を向けた。最近欧米諸国を歴訪して帰り大使館に出入する桜井男爵夫人ユキに関係者を洗ってほしいと依頼した。ゾルゲはユキの美貌にスパイと知りながらひかれた。一夜、ユキの招待で船上パーティが催された。招ばれた人はもちろんスパイと目される人々。その船上から怪電波が打電された。これをキャッチした藤森大佐が乗りこんできた。しかし、ゾルゲの智策が勝っていた。電波はひそかに尾行していたヨシの舟から発信されていたのである。この事件以来、スパイ活動を拒否したユキは、ゲルゲと食事をし、体を許した。ユキには憲兵の手が伸びた。ゾルゲは、ドイツのソ連侵入、日本にソ連攻撃の意図なしなどの情報を打電していた。が、遂にアカ狩りであげられた宮城が口をわり、ゾルゲを始め関係者の殆どが逮捕された。ゾルゲの監房を訪れ、日本真珠湾攻撃の成功を得意に語る藤森大佐。が、ゾルゲはすでに「十二月初旬真珠湾攻撃」を打電していた。彼の運命は世界の指導者たちの間で取引され、今なおその生死は謎に包まれている。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1961年
製作国 日本=仏
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