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「世界を賭ける恋」(1959)

80点80
日活の製作再開5周年記念作品で、武者小路実篤の名作『愛と死』を石原裕次郎と浅丘ルリ子のコンビで映画化した純愛メロドラマ。新進建築家の村岡は、仕事で3ヵ月間ヨーロッパに滞在することになる。日本に残した恋人の夏子とはお互いに毎日手紙を書き愛をはぐくむが、村岡が帰国の途中に夏子は急死する。日本映画初の本格的ヨーロッパ・ロケーションが敢行されたが、この古臭いメロドラマを活性化させるには至らなかった。当時は主に小林旭と共演していた浅丘ルリ子が、石原裕次郎と初めて本格的な共演をした作品。

あらすじ

新進建築家・村岡雄二が彼の才能を認める批評家・野々村欽也の妹夏子に初めて会ったのは上野美術館で開かれた、現代美術展の会場だった。そして、野々村の誕生祝の席上−−雄二の才能をねたむ者たちが、不器用さを承知で隠し芸を雄二に強制した。見かねて助け舟を出したのが夏子だった。彼女は村岡さんの代りにと言って、宙返りの珍芸を披露した。雄二の作品がローマのビエンナーレに当選した。ストックホルムの公使館にいる叔父のすすめから、三カ月の渡欧の話が持ち上った。雄二は、たとえ三カ月でも夏子と別れたくはなかったが、夏子は彼の渡欧をすすめた。それから、二人は毎日逢った。雄二の母や兄も野々村夫妻も、二人の未来を祝福してくれた。−−雄二は、スカジナビア航空旅客機の機上の人となった。白樺林のアンカレージ空港も、グリーンランドの北極海も、夏子の面影を追う雄二には、余りにも淋しい、ただそれだけの景観だった。パリ、コペンハーゲン。ストックホルム空港では、従兄の稔が迎えに来ていた。叔父の家は静かな湖畔にあった。雄二は、夏子に宛てて毎日手紙を書いた。夏子からも毎日手紙が来た。−−六月三十日、待望の日だ。雄二は日本へ向けて発った。アンカレージに寄港した時、一通の電報を受け取った。『ケサ九ジナツコシス」カナシミキワマリナシ」ノノムラ』雄二は自分の目を疑った。羽田空港、今日の日を誰よりも待っていた人の姿はなかった。「雄二さん、元気をお出しになって」夏子が耳許でそう囁いたように思われた。雄二は涙に濡れた顔を上げ力強く歩き出した。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1959年
製作国 日本
配給 日活
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