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「なつかしき笛や太鼓」(1967)

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32年間松竹に在籍し作品を発表してきた木下惠介の、松竹退社後第1作。松竹を去ったあとは木下プロを主宰し、TVシリーズを手掛けてきた彼の3年ぶりの映画である。内容は、瀬戸内海の貧しい島で生まれ育った少年少女たちが、バレーボールの練習に打ち込み、ついには大会で優勝する、というもの。

あらすじ

春の瀬戸内海を家田徹と妻道子は感慨深げに四国丸亀市に向っていた。小手島での十三年間の教員生活にいま別れを告げたところだった。−−昭和二十九年の春。徹は婚約中の同僚道子の反対を押し切って離島教員として小手島に赴任した。徹はかつて、戦友林の逆境を助けることができずに彼を死に追いやったが、その遺児健一が母を失い孤児となってこの島にいると知った時、健一を育てようと決心していたのだった。周囲四キロの島の学校は複式学級で酒とバクチに明け暮れする大人たちの中で生徒たちの心はすさみきっていた。彼らは努力することを忘れ生徒たちは近島の合同運動会でもいつもビリで、誇りを持つことを知らなかった。そんな生徒たちに、徹はバレーボールを通して努力して目的を達することの尊さを教えようと、コートを作った。第一の障害は、ボールに興味を示さない生徒たちで、次に島民が男女混成の運動は好ましくないと、徹の気を挫いた。だが、徹の根気よい指導と説得で、生徒たちはバレーボールの楽しさと、努力する精神を学んでいった。そんなある日、徹の努力で、塩飽全島の中学生の丸亀市におけるバレーボール大会に、小手島チームが参加することが決定した。生徒たちに自信を持たせるチャンスと喜んだ徹は生徒を励まして練習を重ねたが、生徒たちもそれに応えて、ある時は朝モヤをついて、またある時は日没まで練習するのだった。そして試合の日、他校に比べて貧しい服装の小手島チームはしかし、素晴らしいファイトで勝ち進み、ついに優勝したのだった。それ以来、小手島の生徒たちの顔には、子供らしい明るさが見られるようになり、父兄たちの生活も改まってきた。−−それから十三年後のいま、徹と道子の息子となった健一の高校進学のために、徹と道子は島民の盛大な見送りを受けて丸亀市に向っていた。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1967年
製作国 日本
配給 東宝=宝塚映画=木下プロ
上映時間 114
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