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「元禄忠臣蔵・後篇」(1942)

80点80
前編に続き、本懐を遂げた四十七士の自害までを描く。物語も佳境に入り、ワン・シーン=ワン・ショットを徹底させた溝口演出はさらに重厚さを増す。戦線の拡大で物資が窮乏するなか、厖大な製作費を投入したこの作品は、破格の大作として完成を見た。前編に続き、新藤兼人がセット建築を担当している。

あらすじ

甲府徳川家の御浜御殿に訪れる上野介を討とうと単身御殿に乗り込んだ富森助右衛門は、将軍の甥ながら赤穂浪士に同情的な綱豊卿に諫められる。一方浅野大学に「押し込め」の沙汰が下り浅野家再興が正式に潰える。元禄15年12月。大石内蔵助は浅野内匠頭の未亡人瑶泉院に別れの挨拶に行く。しかし密偵の影に本心を伝えられない内蔵助に瑶泉院は怒りに席を立つ。内蔵助は自分の詠んだ歌と称し服差包みを残し立ち去るのだった。その夜内蔵助の態度が気になり寝付かれない瑶泉院は、服差包みの中身が連判状であることを知る。そこに吉良への討ち入り成功の知らせが届くのだった。朝、泉岳寺の内匠頭墓前に吉良の首を捧げる内蔵助たち。内蔵助は討ち入り成功を報告し、部下を労うのだった。内蔵助以下四十六名は、細川、松平、毛利、水野四家に預けられる。そして50日後切腹の沙汰が下る。細川家ではその沙汰をどう内匠頭たちに伝えるか迷っていた。そこに瑶泉院から花が届く。その花に込められた意図を察した一同は瑶泉院と細川家に感謝の意を示す。その余興の中で礒貝十郎左衛門は横笛を吹く。その十郎左衛門に会うためにおみのが男装して細川家に入り込んでいた。おみのは十郎左衛門が吉良家の探査をするために偽って婚約した女だった。内蔵助は十郎左衛門を呼びおみのと引き合わす。幕府から正式に切腹の沙汰が下る。内蔵助たちは従容として切腹の場に向かう。おみのは自害して果てた。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1942年
製作国 日本
配給 松竹
上映時間 106
カテゴリ 仁侠/時代劇
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