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「大工太平記」(1965)

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あらすじ

太田三治は根っからの大工職人であった。三治は十歳になる息子伸一を、大工職人にするため、東京の友人井佐のもとへ修業に出す決心をしたが、その時、恋女房お浜に死なれ、伸一の東京行は一時延期となった。三治のやもめ暮しに同情した左官の木田万吉夫婦のはからいで、お文と再婚のため見合をすすめられたが、三治は、一向に気のりうすであった。お文は、玩具職人の亭主と死に別れた、朗らかで愛くるしい女であった。ある日仕事から帰った三治は、お文が女房然として、家の中でマメマメしく働く姿に度胆を抜かれたが、人のいいお文と、三治は、新しい世帯を持った。だが律義で一徹な、三治は気に入った仕事が見つかるまで、ノミを振おうとはしなかった。そのころ伸一はお文に送られて東京へ発った。片意地で、大工職人まるだしの三治は、日頃の夢である数寄屋造りの図面をひいては日を過していた。だが、女房お文を喰わせるためには、仕事を離れることは出来ず、三治は、名人芸の腕を振い始めた。三治の仕事振りは、評判となり、仕事はふえたが、三治は満足出来る建築物にぶつからぬまま、日が過ぎた。戦争もたけなわとなり、伸一も兵隊にとられ、三治の同僚も戦場に出た。その間三治は残された家族の世話に奔走した。南方に行っていた伸一も引揚げて来た。二十歳を過ぎた伸一は、昔気質の三治の職人意識に強く反撥した。だが三治は、ハッピ姿もりりしく工事現場で、立ち働いた。伸一が千松組の親分の妾京子とねんごろになったのも、律義な三治には痛手であった。だが千松組の制裁を受けた伸一が、片腕とられて片輪になったのは、三治を憤怒させた。単身千松組に乗り込み、伸一をひきとった三治は、その頃、自分の夢を実現すべく数寄屋造りの仕事にはりきっていた。三治のかつての同僚谷山が、依頼主であった。美しく画かれた図面、数寄屋風の粋をこらした建物が、進行していた。だが思わぬ災難が起きた。金貸しの谷山が、汚職に関連して挙げられたのだ、一本気な三治は、汚れた金で建つ家などと、意気まいたが、時を同じくしてやって来た台風に、必死で応急手当をする三治の姿に、お文も嵐の中、三治のもとに走るのだった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1965年
製作国 日本
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監督

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