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「儀式」(1971)

66点66
少年のとき満州で敗戦を迎えた主人公が内務官僚だった祖父の支配する桜田家に帰り、自殺した父の異母兄弟やその子供らと戦後を生きていく。桜田家は家長の祖父が手あたり次第に手をつけた女たちの子や孫により複雑な血縁関係をつくっていて、この奇怪な男根支配の中に左翼や右翼といった個人個人の立場は飲みこまれてしまっていた……。敗戦によっても揺らぐことのなかった家父長制度の中で生きていくことを強いられた戦後世代の若者たちの悲劇を、大島監督が自らの青春をも投影して作り上げた傑作。個人が家に組み込まれ支配されるさまを、冠婚葬祭の儀式によって描いた点にこの映画のオリジナリティーがある。また主人公が幼くして死んだ弟の存在を大地から聞きとるシーンや、戦後の自由を精いっぱい謳歌するかのように野原で繰り広げられる三角ベースといった、可憐なポエジーに裏打ちされた戦後の青春への鎮魂歌でもあるのだ。不気味な日本の家制度をそのまま日本家屋に造形しえた美術も、絶賛に値しよう。

あらすじ

「テルミチシス」テルミチ」という奇妙な電報を受取った桜田満洲男は輝道のかつての恋人律子と共に急拠打電地の南の島へと旅立っていった。その道行で、満洲男は過去桜田家で行なわれた数々の冠婚祭の儀式と、その時にだけ会うことのできる親戚の人々の事を想い起こしながら、この電報の意味を考え続けた。昭和八年満洲事変の余波さめやらぬ頃、満洲で生まれた満洲男が、昭和二十二年、母親のキクと共に命からがら引き揚げて九州の桜田家にたどり着いた日は、満洲男の父韓一郎の一周忌の日だった。韓一郎は敗戦の年、満洲から東京に渡ったが、日本の前途に絶望して自殺した。その法事の席には、内務官僚であったために追放中の祖父の一臣、祖母のしづ、曽祖母の富子、祖父の兄嫁のちよ、ちよと一臣の間に生まれた守、父親の腹ちがいの弟の勇、もう一人の腹ちがいの弟進の子忠、叔母の節子とその子供の律子、しづが可愛がっている輝道などが列席した。幼ない弟を満洲で失い、これから母と二人で生き抜こうと決心した満洲男であったが、祖父の命令で桜田家の跡継として、この複雑な血縁関係のなかに引き込まれていった。昭和二十七年の夏、全国高校野球大会に東京代表チームの投手で四番打者として活躍していた満洲男は、準々決勝戦の前夜、母の危篤を知らされた。翌日の試合で満洲男が致命的な失投をした頃、母は息を引きとった。追放がとけ、ある公団の総裁に就任した祖父の力もあってキクの葬儀は盛大であった。その通夜の晩、滴洲男は節子から父の遺書を手渡されたことによって父と節子が愛し合っていたこと、そして、その愛が祖父によて引き裂かれ、節子は祖父の政治的野望の犠牲になったことを知った。そして、その夜、満洲男は、自分の憧れの的であった節子が、輝道の愛撫を受けているのを見てしまうのだった。その翌年、輝道が祖父の秘書として上京したのと入れかわりに、満洲男は京大に入り、再び野球の世界に没入していった。昭和三十一年、日共の党員である叔父勇の結婚式が行なわれ、その席には中国から戦犯としての刑期を終えて帰国した叔父進の顔があった。その夜、満洲男は好きだという自分の気持を律子に言いだせず、輝道が律子を抱くのをただ呆然とながめていた。夜更け、節子が死んだ。原因不明のまま自殺として盛大に葬られた節子の死を、満洲男は祖父が殺したのだと思った。昭和三十六年、政財界人を集め祖父の命令で行われた自分の結婚式、花嫁の失踪をかくした虚飾に満ちた披露宴に怒りをぶつけた忠、その忠の事故死。そして輝道の家出。その後、満洲男は、輝道が自分の父の許嫁と祖父との間にできた子であることを知った。そして偉大な祖父の死などさまざまな出来事の想い出が満洲男の脳裏を横切っていった……。旅の終りが近づいていた。満洲男と律子を乗せた船は、紺碧に輝く南の海を、輝道のいる島へと進んだ。そして、そこで見たものは、全裸で横たわる輝道の死体だった。生きる意志を失った律子は、満洲男の目前で自ら手足を縛り薬を口に含んだ。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1971年
製作国 日本
配給 ATG=創造社
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