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「飼育〈1961年〉」(1961)

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【DVD発売中】

50点50
松竹を退社した大島渚がパレス・フィルムというプロダクションで監督した、大江健三郎の同名小説の映画化。大戦中、米国の爆撃機が山中に墜落、脱出した黒人兵が猟の罠にかかり村人に捕らえられるが、村には疎開者が多くトラブルが絶えない。そこで地主はトラブルの原因は黒人兵にありと断定し、彼を殺してしまう……。原作では子供たちの視点が中心だったが、映画では戦争末期の閉鎖的な社会に生きる大人たちを見据えている。のちの大島作品に通じる日本の共同体の支配者のエゴや戦争責任が描かれる。黒人兵を土葬するラスト近く、カメラが地中から土をかける村人たちのたくさんの手を見上げているのが印象的。映像作家・松本俊夫、脚本家・石堂淑朗、写真家・東松照明の3人が脚本協力している。

あらすじ

昭和二十年の初夏。或る山村へ米軍の飛行機が落ちた。百姓達の山狩りで黒人兵が捕まった。黒人兵は両足首に猪罠の鉄鎖をはめられ、地主鷹野一正の穴倉へ閉じこめられた。県庁の指令があるまで百姓達は、輪番制で黒人兵を飼うことになった。こんな頃に、鷹野の姪の幹子がこの村に疎開して来た。地主の一正は、豚のように貪欲で好色な男だ。息子の嫁の久子とも関係を結び、疎開もんの弘子にも野心を持っていた。村の少年達はクロンボが珍らしくてしょうがない。いつも倉にやって来ては黒人兵をみつめている。少年達と黒人兵はいつしか親しさを持つようになっていった。そこへ、余一の息子次郎が召集令をうけて村に帰って来た。出征祝いの酒盛りの夜、次郎は暴力で幹子を犯した。そして、翌日次郎は逃亡した。兄が非国民となって、弟の八郎は怒った。幹子のせいだ。幹子を責めた八郎は、皆に取押さえられて鷹野家の松に吊された。クロンボが八郎を慰めるように歌をうたった。八郎はクロンボも憎かった。こいつのために村中が狂ってしまったのだ。縄を切った八郎は、ナタを持ってクロンボに飛びかかった。その時、そばにいた桃子は突き飛ばされて崖下に転落、そして死んだ。伝松の息子が戦死したという公報が入った。みんなあのクロンボが厄病神なのだ。村の総意は、クロンボをぶち殺してしまえということになった。そうと知った少年達は、クロンボを逃がそうと図った。だが、飛びこんで来た一正が、ナタでクロンボを殺してしまった。それから数日して、書記が慌ててみんなに発表した。戦争が終ったのだ。みんなはあおくなった。もし進駐軍に知れたら。一正の発案でなにも起らなかったことにした。みんななにも見ないしなにもしなかったのだ。そのかための酒盛りの晩、次郎がかえって来た。もし発かくしたら、次郎が犯人ということで……。ところが次郎は書記と争ってあやまって死んでしまった。その火葬の火をバックに秋祭りの相談が行われた。何ごともなかったように。それはあたかも戦争そのものがなかったようでさえあった。その炎をじっとみつめている八郎の目には無限の悲しみと、怒りがこみあげていた。……大人たちは忘れ去ったとしても、この少年には戦争は決して消し去ることのできない心のキズであった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1961年
製作国 日本
配給 パレス・フィルム
上映時間 104
カテゴリ 人間ドラマ
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