閉じるボタン
【重要】システム障害発生につきまして

「夫婦善哉」(1955)

【DVD発売中】

75点75
原作は織田作之助の出世作で、「夫婦善哉」とは主人公夫婦が食べに行く法善寺境内のおしるこ屋の名物ぜんざいの名に由来する。監督は「泣蟲小僧」「雁」「雪国」などの文芸ものを得意とする豊田四郎。見事なセットは日本映画美術の第一人者、伊藤熹朔。撮影は「雁」に続いての三浦光雄が担当している。この作品で豊田四郎はスランプを脱し、森繁久彌と淡島千景には、出世作ともいうべき記念碑的作品となった。売れっ子芸者・蝶子は、化粧問屋の息子・柳吉と駆け落ちしたが、柳吉は勘当され二人の生活は困難に。蝶子は臨時雇いの芸者になって生活費を稼ぐが、柳吉が遊びに使ってしまう。やがて柳吉が妹から無心したお金と蝶子の貯金とで関東煮(=おでん)屋を開店するが、柳吉が肝臓結核にかかったために店を手放す。柳吉が全快すると二人は再び借金してカフェを開く。二人が仲睦まじく法善寺にお参りし、いつものように“夫婦善哉”へ入っていくラストシーンに、取るに足らぬ男と女の二人三脚の情緒がにじむ。

あらすじ

曽根崎新地では売れっ妓の芸者蝶子は、安化粧問屋の息子維康柳吉と駈落ちした。柳吉の女房は十三になるみつ子を残したまま病気で二年越しに実家に戻ったままであった。中風で寝ついた柳吉の父親は、蝶子と彼との仲を知って勘当してしまったので、二人は早速生活に困った。蝶子は臨時雇であるヤトナ芸者で苦労する決心をした。そして生活を切り詰め、ヤトナの儲けを半分ぐらい貯金したが、ボンボン気質の抜けない柳吉は蝶子から小遣いをせびっては安カフェで遊び呆けていた。夏になる頃、妹の筆子が婿養子を迎えるという噂を聞いて、柳吉は家を飛び出して幾日も帰って来なかった。地蔵盆の夜、蝶子は柳吉を見つけ身を投げかけてなじった。柳吉は親父の家に入りびたっていたのは、廃嫡になる前に蝶子と別れるという一芝居打って、金だけ貰って後二人末永く暮すためだと云った。それは失敗に終ったが、妹から無心して来た三百円と蝶子の貯金とで飛田遊廓の中に「蝶柳」という関東煮屋を出した。ところが暫くして柳吉は賢臓結核となり、蝶子は病院代の要るままに店を売りに出した。柳吉はやがて退院して有馬温泉へ出養生したが、その費用も蝶子がヤトナで稼いだのであった。柳吉は父からもその養子京一からも相手にされず、再び金を借りて蝶子とカフェを経営することになった。やがて柳吉の父は死んだ。蝶子との仲も遂に許して貰えず、葬儀には参列したが柳吉も位牌も持たせてもらえなかった。二十日余り経って、柳吉と蝶子は法善寺境内の「めおとぜんざい」へ行った。とも角、仲の良い二人なのであった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1955年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 121
チケット 前売りチケットを購入する

監督

キャスト