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「愛と死をみつめて」(1964)

【DVD発売中】

68点68
原作は当時話題になった実在の恋人同士の書簡集で、これを「越後つついし親不知」などの八木保太郎が脚色し、斎藤武市が監督した青春純愛映画。美しい吉永小百合と実直な浜田光夫の青春コンビの人気や原作の評判もあり、国民的大ヒットとなった。浪人中の誠は入院した病院で道子と知り会う。大学へ入って2年目に再会した時も道子の病気は思わしくなかった。二人は文通を続け、やがて道子も大学へ入るが軟骨肉腫という奇病で再び入院。道子は誠の愛に支えられて難手術を繰り返し、顔の左半分の切除まで行うが、不治の病には勝てず21歳の誕生日、手術なかばでこの世を去った。

あらすじ

高野誠が小島道子に会ったのは、誠が浪人中、阪大病院に入院したときであった。知的な美しい瞳と、清純な顔は、その日から誠の心の中に好感をもってむかえられた。一見健康そうにみえた道子は、誠が東京の大学に入って二年目に再会したときも、病院生活を送っていた。二人の文通は続けられた。入院生活を続ける道子の不安は、誠の手紙によって力づけられていた。高校をどうにか卒業した道子は、希望の大学に入学したが、軟骨肉腫の再発で四度目の入院をした。アルバイトで大阪に来た誠は、病院を訪れては、信州の山々の美しさや、野球の話に楽しい時間を過した。道子も、不安を抱きながらも、強いて明朗にふるまっていた。九月になって、誠は東京に帰ったが、道子は主治医のすすめで、大学を退学すると本格的な、闘病生活に入った。日本には、まだデータのない不治の病と聞かされた道子は、誠に別れの手紙を出すと、淋しく、病室に横たわった。手紙を受け取った誠は、病院にかけつけるとくじける道子の気持を責めた。道子も誠の誠実な愛情に号泣するのだった。一方主治医は、道子の生命を守るために、道子の顔半分がつぶれるという、大手術が必要だと言った。話を聞いた道子の動揺は激しかった。だが誠の愛情の大きさに、ついに道子は決意をきめて、手術を受けた。元気になって社会奉仕をしたい、道子の願いは、病床の中で強く燃えあがった。大手術のあと、容態は順調であった。道子の顔は左半分、白いガーゼで覆われたが、日増しに明るくなっていった。だがある日、道子は健康な右半分に、骨が出て来たのに気づき、愕然とした。再び、手術台の上で道子は二十一歳の誕生日を迎えた。手術半ば、道子はこの世を去った。道子の日記帳には誠との楽しい生活を夢みた、数々の青春の悲しみと喜びが記してあった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1964年
製作国 日本
配給 日活
上映時間 118
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