「フィツカラルド」(1982)

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84点84
アマゾンの奥地にオペラハウスを建てようと夢見た男の、壮大な想念と行動が描かれる。長期ロケで撮影されたスケール豊かな映像、スタントなしの緊迫感あふれる演技に興奮。

あらすじ

19世紀末の南米。ブラジルのマナウスのオペラ・ハウスで、有名なオペラ歌手エンリコ・カルーソが公演をした。彼の公演を聞こうと、ペルーのイクイトスからボートをこいでやって来たフィツカラルド(クラウス・キンスキー)とモリー(クラウディア・カルディナーレ)。やっとのことで会場にもぐり込んだフィッカラルドは、モリーとともに目を輝かせてカルーソのテノールに聞きいった。フィッカラルドはアイルランド出身で、本名はブライアン・スウィーニー・フィツジェラルド。しかし、インディオたちには発音が難しくて、フィツカラルドが通り名になっていた。イクイトスの粗末な水上小屋に住みながら、この未開の地に文明の光をあてることを夢みていた。今は氷屋をやっているが、昔、アンデスに鉄道を敷設しようとして中途で破産するといった経歴の持主で、白人社会では彼のことを奇人とみなしていた。唯一の理解者は娼家の女将である愛人モリーで、彼女の他にインディオの子供たちも彼を慕っている。カルーソを聞いて感動したフィツカラルドは、イクイトスにオペラ・ハウスを建てようと決意した。しかし、この破天荒な夢を実現するには、莫大な金が必要だ。ゴム・ブームで儲けた成金たちに頼むが、相手にされない。そこで、彼が選んだのは、前人未踏のジャングルを切り拓いてゴム園を作り、金を稼ぐという方法であった。土地の購入資金と川をのぼる中古船を買う金はモリーが出してくれた。彼はパウル船長(パウル・ヒットシェル)、料理人ウェレケケ(ウェレケケ・エンリケ・ボホルケス)、機関士チョロ(ミゲル・アンヘル・フェンテス)らを雇う。チョロは船を売ってくれたゴム成金ドン・アキリノ(ホセ・レーゴイ)のよこした目付役だ。愛人の名前を取って“モリー号”と命名された船は修理を終えて、出航した。 彼のゴム園用地は急流で途中に激しい瀬のあるウカヤリ川上流にあった。だから、船で直接行くことはできず、今まで用地が売れていなかったのもそのためだ。彼は船をパテリア川に進めるよう船長に命じる。途中、中断されたままの鉄道の駅に寄り、レールをはずして船に積み込む。船が進むにつれて乗り組み員が動揺し始める。無理はない。ここらは首刈り族の土地だからだ。フィツカラルドは操舵室の屋根の上に蓄音機をおき、レコードをかける。密林のしじまを破って、カルーソのテノールが流れる。やがて、インディオたちが姿を現わした。彼らは、川に巨大な樹木をなぎ倒して行く手と退路をたつと、続々と船に乗り込んで来た。奇妙なことに、彼らはフィツカラルド一行に手を出さなかった。フィツカラルドは彼らに計画を打ち合けた。計画とはパテリアとウカヤリが最も接近したところで、船を川からあげて山越えしてウカヤリ川におろそうというものだ。酋長(D・P・エスピノサ)は協力しようという。目的地につき、レールをおろす。ジャングルを切り拓き、小高い所をダイナマイトで爆破して、滑車でモリー号を引っぱりあげる。死人も出て、インディオの間に不穏な空気が流れたこともあった。七ヵ月後、ついに船はウカヤリ川に浮んだ。祝杯に酔い知れたフィツカラルドたちが寝ているすきに、インディオたちはモリー号を激流に放った。彼らは激流の荒ぶる魂を静める儀式を行うために協力したのだ。こうしてモリー号は木の葉の如くに流されながら、なんとかイクイトスにもどった。フィツカラルドの計画は水泡に帰したが、彼はモリー号をドン・アキリノに売り、その金でオペラ一座をやとい、一度だけの船上オペラを上演した。インディオ、白人、モリーたちの驚く顔をみながら、フィツカラルドは自己陶酔と狂気と誇りのないまぜになった表情をしている。 【キネマ旬報データベースより】
原題 FITZCARRALDO
製作年 1982年
製作国 西独=ペルー
配給 ケイブルホーグ
上映時間 157
公開日 2001年2月17日(土)公開
カテゴリ 人間ドラマ
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