「星のフラメンコ」(1966)

【DVD発売中】

0点--
義弟の好意で、行方不明の母親を捜すための航海に出た英司。終戦直後に台北の小学校で音楽教師をしていたこと、「田道間守」という小学唱歌を愛唱していたという情報だけを頼りに、異国の地での母親捜しを続ける彼は、ペテンにかけられて財産を失いながらも、とうとう日本に帰ることができなかった母の数奇な運命に出会う。

あらすじ

商船学校の学生西条英司と、結婚式を前にしたチノの兄妹は、十数年前台湾で別れたきりの母が、きっとどこかで生きていると信じていた。夏休みで妹のところですごす英司は、台湾から航海を終えた先輩渡瀬哲の訪問を受けた。彼は妹チノの婚約者であった。そして英司の熱烈な母への思慕を察してか、結婚式の準備を理由に次の一航海を、英司に頼んだ。英司は思いがけない哲の言葉に小踊りして喜んだ。今は亡き父の親友でふたりの親がわりになってくれている作曲家の財前公之助も英司の門出を祝ってくれた。母探しの唯一の手がかりは、母が終戦直後台北の中山小学校で音楽教師をしていたこと、そして「田道間守」という小学唱歌を愛唱していたという財前の記憶だけだった。二週間後高雄から台北へ移った英司は、華琴、彩虹の姉妹と知り合った。彼はやっと西条一家の戸籍台帳をみつけ出したが、住所が華琴の家と同じでがっかりした。そして翌日淡水の華琴の家を訪ねると約束して別れた。華琴は「田道間守」という曲を頼りに英司の母探しを始めた。先ず彼女は昔自分の家に住んでいたという周英麗が残していった古い楽譜を引張り出し、はからずもそこに西条英子の名を発見した。華琴は、昔周英麗(西条英子)の下僕をしていた陳玉成に会って、当時周英麗は華琴の父、林張項のペテンにかかり土地をまきあげられ、結局日本へ帰れなかったという事実を知って愕然とした。一部始終を知り思案にくれた英司は、陳から「土地は林さんにあげたつもりです。うらむつもりはありません」という母の手紙を受け取った。澄清湖へ向う英司は、追ってきた華琴に「いいんだよ」といって優しくいたわるのだった。英司は帰国した。妹の結婚式から寂しく戻った英司は思いがけなく華琴の姿を見てびっくりした。そして「高雄の近くに周英麗のお墓がありました」と告げた。高雄の海を見おろす小高い丘の中腹にまぎれもなく母、周英麗の墓があった。彼はいつしか笑顔を取り戻した華琴の手を握りしめていた。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1966年
製作国 日本
配給 日活
チケット 前売りチケットを購入する