「かあちゃんと11人の子ども」(1966)

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西伊豆に住む農家の主婦が書いた体験談が原作。11人の子供を産み、夫とともに仕事に励んだ母親の子育てと労働の半生を明るくほのぼのと描く、文字どおりの大型ホームドラマ。昭和の時代をたくましく生き抜いた母親を、左幸子が好演。

あらすじ

とらは十四歳の若さで吉田貞治の許へ嫁いだ。彼女がまだ高等小学校へ通っていた時である。伊豆地方には足入れ(仮祝言)の習慣が残っていて、正式に結婚式を挙げたのは翌年の大正十五年で、彼女はその時既に長女の成子を宿していた。貞治は記念にと彼女にハコセコを買って与えた。貞治は進取の気性に富み、農耕の他に、養蚕、肥料店、牛乳屋を兼業していたから、生活に困るということはなかった。そして吉田家は、十二年を経た時には、成子を筆頭に六人の子供に恵まれていた。昭和十二年、日中戦争が勃発、静かな西伊豆の村にも、戦争の波がおしよせ、貞治の弟善作に続いて貞治にも召集令状が来た。とらは、貞治の帰還する昭和十四年秋まで、仕事と六人の子供を抱えて奮闘した。台風にも負けはしなかった。そして貞治との間に交換された手紙は三百通を越えた。貞治の帰還で吉田家に再び幸福が戻ってきたが、戦局は激しくなるばかりであった。戦地で輜重二等兵として苦労した貞治は、子供だけには教育を受けさせたいという強い願いを持っていた。長女成子が静岡の師範学校へ入学、牛乳屋の第一号進学に次いで、次女旭子も師範学校へ、長男聖は東京の中学へと入学した。その間にも子供は三人もふえていた。そして二十三年に生れた末っ子の都をいれて、十一人を数えていた。子供は成長してそれぞれの道を歩み始めた。そんなある日、末っ子都の書いた詩「かあらゃん」が総理大臣賞を受賞した。とらは嬉しかった。だがそれ以上に彼女にとって嬉しいのは、夫にもらったハコセコが、いまだに村人たちの結婚式に借りられることだった。幸福を呼ぶハコセコだと評判なのである。とらは今日も忙しい一日に飛び出して行くのだった。 【キネマ旬報データベースより】
製作年 1966年
製作国 日本
上映時間 106
カテゴリ 人間ドラマ
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